lostbiography    忘れないこと

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大切な命のために忘れてはいけないこと 8

私たちがペットとして愛玩している インコ、オウムの仲間の中にも 絶滅してしまったものが多数あります。

インコ・オウム類も 1600年以降 人間が生息地に立ちったことを原因として多種絶滅してきました。
特にアメリカ、オーストラリアなどの孤島に生息した亜種においては 人間の登場により 他の鳥類と同じように
絶滅していきました。
ただ、インコ類については 環境破壊、変化などより故意に捕獲、採集されたことによる絶滅例が多数あります。
捕獲の第一の目的は美しい羽毛でした。
特にコンゴウインコの仲間は数色の鮮やかな羽毛を持ち、その羽毛はもともと原住民たちにとっても
貴重なものでした。
彼らはインコをとらえ 肉は食料に羽毛は衣装や飾りとして使用していました。
ただ、原住民の捕獲程度ではインコたちには大きな被害になることはなかったのです。

ヨーロッパ人が入植すると、彼らはすぐ現地民の衣装に使われている美しい羽毛に目を付けました。
その鮮やかな羽毛は帰国するとすぐ羽根飾りとして人気になりました。
羽毛が高く取引されるようになると現地人に金銭をわたして鳥を大量に捕獲するようになりました。
また、インコの美しく、見栄えのする姿は 羽根飾り以外 狩りのコレクションとしての需要も増えていきました。
鳥のはく製を集めることがコレクターの間で盛んになり、各国の博物館もこれに加担していました。
そのうち 比較的人になれやすいことがわかると 今度は愛玩目的で捕獲するものが現れます。
当時 ヨーロッパでは鳥を飼うことがはやっていましたが いずれも地味な色の鳥が多く、派手な色どりの
インコたちはすぐ人気になったようです。
しかし、インコ類はデリケートで 長期の移送に耐えられずほとんどの個体が死亡し、
また運よくヨーロッパに運ばれた鳥も飼い方や餌などが合わずわずか数か月で死亡しました。
死体であってもなお、その羽根は飾りとして重宝され 肉は珍味としてルネッサンス期の食卓を彩ったそうです。

記録が残る中で一番最初の絶滅は、マルチニク島の亜種(1640年ごろ絶滅)
(1658年絶滅の種はすべて不明で幻といわれていて目撃された記録、取引された記録のみが生存した証に
なっています。)
それから順にグァダループ島の亜種(1700年ごろ)ジャマイカ島の亜種(1765年ごろ絶滅)
ハイチ島の亜種2種(17世紀末~1800年ごろ)
ゴッスミイロコンゴウインコ(1847年ごろ絶滅)
アカズキンコンゴウインコ(18世紀末ごろ絶滅)
アカオコンゴウインコ(絶滅念不明)ミイロコンゴウインコ(1995年絶滅)
ウミアオコンゴウインコ(1998年以降確認なし)が絶滅しました。
また 現存するアオコンゴウインコについても2016年を最後に野生種の目撃例がなく すでに野生種は絶滅したと
いわれています。
残念ながら 多くのコンゴウインコは 標本や写真すら残っていません。
目撃された記録、取引された記録のみが生存した証になっています。

絶滅したコンゴウインコ類の中でしっかりした記録が残っているのはミイロコンゴウインコです。
ミイロコンゴウインコは 現存するコンゴウインコ類と同じ生活をしていたといわれています。
繁殖期以外は大きな群れを成し、餌探しをして過ごしていました。
体格が大きいので天敵は少なく、おかげで警戒心が薄かったのも人の手に落ちやすかった一因だったのかも
しれません。

今 野生化に生き残るコンゴウインコたちの中にも レッドデータブックに掲載されている絶滅危惧種に
指定されている種が多くあり、指定外であってもサイテスには記載されて取引などが規制されています。
また、もう一つの懸念が インコの仲間は 交雑が起こりやすい点で確認数の少ない種における他亜種との
交雑についても問題があるようです。

この事実は 現存する多くのインコ類に対する警鐘であることは忘れてはなりません。

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コメント

  • コメント ( 2 )

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  1. 読んでいて心がザワザワしました。
    うちにはヨウムがいます。
    先日ヨウム保全セミナーに参加し(WYの方も多数いらっしゃいましたね)生きたヨウムの密猟だけでなく、スピリチュアル目的で赤い尾羽を、薬用に頭を利用することがあると聞きました。
    それぞれの置かれた環境や立場で、こんなにも利用目的が異なるものかと考えさせられました。
    わたしは今、目の前にいる1羽のヨウムを生涯かけて大切にしようと思います。

  2. コメントありがとうございます。私もヨウムセミナーに参加して心が痛みました。そういう時代だったから、という人もいます。でもどんな理由でも一つの命を好きなようにあつかってもいいなんて権利は誰にもありません。
    野生に生きる子たちがこれからも幸せに暮せるようにと深く願います。
    そして縁あって飼い鳥にあった子たちもそれぞれの幸せをいっぱい味わってほしと願っています。

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