ペパーバーグ博士のセミナー前に是非ご覧ください。博士の研究方法やアレックスの成果などを知ることができます。
アレックスの数学的能力 — パートI
アレックスの数学的能力 — パートII
アレックスの数学的能力 — パートIII
アレックスの数学的能力 — パートIV
アイリーン・ペッパーバーグ博士著
Photo: Alex ©The Alex Foundation
アレックスの数学的能力に関する情報は新しくないですが、この数学的研究はいくつかの点でユニークであるため、もう一度確認してみる価値があると思います。
アレックスは(例えば、特定のグループや数を指したりするのではなく)、声で数のラベルを使用した唯一の人間以外の動物です。そして、非常に珍しい方法で訓練されました。さらに、特定の研究において他の動物を上回る成績を収めました。ここではアレックスの数学的能力についてすべてを議論しません。すべてを議論し始めたら一冊の本の章ほどの長さになってしまいます。ですから何回かに分けて説明したいと思います。
アレックスの数字ラベルを発音することができる才能が、私たちの研究においていくつかの利点をもたらしました。一つは、物体の集合体の中から彼にどの数字を選ぶべきかを伝えてしまうような不用意なキューイング(合図)をコントロールする必要がなかったことです。(チンパンジーの研究は非常に慎重に行われましたが、このようなコントロールを研究に含む必要がありました)。また、アレックスは数字以外のラベル*も自由に発音できたため、彼がどのように情報を処理しているかについてももう少し正確に知ることができました。これについては以下で簡単に説明し、後の投稿で詳しく説明します。
数字の学び方
子供たちが数字を学ぶときは「1」というラベルから始めます。通常、2歳くらいになると、「1」と「多く」の概念を理解し始めます。さらに、「1」と「2」と「多く」を理解するのに約9ヶ月かかり、「3」を覚えるのにさらに5ヶ月かかります(Carey, 2009を参照)。その頃には、数の順番を覚え始め、数字を順番通りに列挙することができるようになりますが、最初は通常、正しい順番で言いません。
しかし、順番を正確に覚えるようになっても、その時点では子どもたちはそれをABCと同じように線として理解しています。彼らはLMNOPを1つの文字だと考えます。基本的に、丸暗記しているのです。数ヶ月後、「4」を追加する頃になると、彼らは重要な洞察を得ます。数直線と彼らが学習してきた数のラベルの概念が、量とつながりがあることを認識するのです。リストの中のある数の次の数字は、直前の数字よりもちょうど1つ多いことを理解します(Carey, 2009)。その後、彼らはリストの中にある次の数を迅速に理解し、それぞれの数を個別に教える必要がなくなります。
しかし、アレックスはこの方法で数を学びませんでした!
アレックスの数学への独自のアプローチ
私たちはアレックスを「3」と「4」で訓練し始めました。なぜなら、アレックスはこれらのラベルについて既に何かを知っていたからです。彼は三角形を「3つの角」とし、四角形を「4つの角」と識別する方法をすでに知っていたのです。したがって、これらのラベルを発音できました。おそらく、ラベルと角の数との関連性について何らかの理解を持っていたのでしょう(それ以外にも、四角形が三角形よりも多くの「角」を持っていることなどを知っていました)。
これらのラベルをいくつかの物体の集合体に適用するために、モデル/ライバル法**での訓練で数ヶ月かかりました。その後、新しい集合体でアレックスをテストする必要がありました。質量、密度、輪郭などの要因に基づいて反応していないことを確認するためです。彼が数量に基づいて答えていると主張するためには、彼が物体の大きさや種類に関係なく識別できる必要があり、知らない物体に対しても同じように識別できる必要があります。ラベルの「3」と「4」が様々な物体の集合体に対して同じ意味を持たなければなりませんでした。
アレックスの数学的能力の拡張
その後、アレックスに「2」と「5」を教えました — 彼が知っている数から1つ多く、1つ少ない数字です。 「2」を学ぶのに2ヶ月、 「5」を学ぶのに6ヶ月かかりました。 “f” と “v” の音はオウムにとって難しいのです。なぜなら彼らには唇がないからです。最初、アレックスの発音は「hide(ハイド)」という単語に似てしまいました。 (ちなみに、グリフィンはおそらく同じ理由で「5」を学ぶことを拒否しています!)
その後、「1」と「6」を導入しました。 「6」を学ぶのにさらに2ヶ月かかりました。興味深いことに、「1」を学ぶのには1年以上かかりました。アレックスは「1」を学ぶ必要性を理解できないようでした。彼は以前から、欲しい物のラベルを発言するだけでその物を得ることができました。にもかかわらず、それに数のラベルを追加するように言われたことで混乱したようです。質問は「いくつ?」であり、「これは何ですか?」ではありません。過去に、数を聞かれた時に他の数を言うなどの「一般的」なミスを稀にしていましたが、答えが「1」になる数を聞かれた時、よくミスをしました。よって、私たちが求めている回答をアレックスができるようになるまで訓練するのにかなりの時間を費やしました。
「7」と「8」の訓練は、他の研究を行っていたため長い間やりませんでしたが、アレックスは「8」をほとんど即座に学びました。なぜなら、「grate(グレイト)」というラベルを発音する方法を知っていたからです。ラベル「7(セブン)」を学ぶのに約1年かかりました。彼は「sss-one(スーワン)」と言い続け、難しい「v(ブ)」の音を省略しました。のちほど「7」と「8」について説明します。これらの数字は非常に重要な別の研究の一部でした(Pepperberg & Carey, 2012)。
人以外の数学的能力の探求
初期の段階で、私たちはアレックスが「1」から「6」の数のラベルについて正確に理解していることがわかる非常に良いデータを持っていました(Pepperberg, 1987)。アレックスは、これらのアラビア数字の意味を学んでいたチンパンジーのシーバ(Boysen & Berntson, 1989)とアイ(Matsuzawa, 1985)と同じように反応しました。したがって、アレックスとチンパンジーたちは他の人以外の動物が達成できなかったことを成し遂げました。ほとんどの人以外の動物(および数のラベルを実際に学ぶ前の子供たちは)は数量の理解が限定的です。そして彼らは「おおよその数」またはANS(Halberta & Feigenson, 2008を参照)と呼ばれる方法で理解していると言われています。
具体的には、ほぼすべての研究対象となった人以外の動物は「1」、「2」、および「3」の正確な数の理解を示すことができますが、それ以降の大きな数になると曖昧になります。例えば、「4」を識別するよう求められた場合、彼らは数量を「3」や「5」と混同します。そして、数が大きくなるにつれて、彼らはより多く間違え、ミスの範囲も広がります。 “8”を識別するよう求められた場合、彼らは “7”と “9” と混同するだけでなく、 “6” と “10” とも混同します。したがって、彼らは「おおよそ8」しか理解していません。アレックスと2頭のチンパンジーが間違ったとき、そのミスには通常一貫性がなく、注意不足などによって起きたものでした。
もちろん、アレックスが本当に数を理解していることを確認するために、質量、密度、輪郭などの他の要因を排除する必要がありました。したがって、彼がパターン(ドミノやサイコロ、三角形と四角形などを考えてみてください)を認識していないかどうかを確認するために、ランダムな配列の物体を識別できることを確認しました。また、彼がサブセット(例:「コルクはいくつ?」対「鍵はいくつ?」と物体の違いを理解して答える事)を識別できるかどうかを示す必要がありました。数をまだ完全に理解していない幼い子供たちは、サブセットを理解できないことがあります(Greeno et al., 1984; Siegel, 1982)。
また、は大きな数を「おおよその数」としか理解していない場合、小さなグループを認識できるようにまとめてしまうなどの動作を行うことがあります。例えば、「3の物体のグループが2つで “6” だ」と理解していても、実際に “6” を理解していないということです。したがって、私たちは人間に与えられたものと同じ複雑な課題をアレックスに与えました(Figure 3を参照, Trick & Pylyshyn, 1989)。
研究を行った研究者は、人間はサブセットを正確に数えるために常に正しく数えなければならず、「まとめて数える」や「おおよその数で数える」という事はできないと判断しました。(例「青い木片は何個?」に対して「青いウールは何個?」や「赤い木片は何個?」に対して「赤いウールは何個?」というサブセットを数えさせること)
もしアレックスが幼い子供同様、大きな数を小さな数にまとめてしまうのであれば、アレックスのミスは大きな数の時が多く、そのミスは正答に近い数字となるはずです。しかし、アレックスの場合はそうではありませんでした。彼は大きな数でも小さな数と同じように間違える事なく、ミスには一貫性がありませんでした。(Pepperberg, 1994)。したがって、アレックスは物体の集合体に対して正しい数のラベルを発音できることは明らかでした。これは彼の数の感覚についての理解を深める重要な一歩でした。
さて、この文章の中で私が「数える」や「カウントしている」という言葉を使っていない事に気付かれましたか。その理由は、数えることが非常に特別な能力であり、物に対してラベルを付けるよりもはるかに複雑だからです。次回はそのことについて詳しく説明します。
*ラベル:物に名前を付けること、また物の名前をいうこと
**モデルライバル法:アレックスと2人(先生役とモデルでありライバル役の人)で行った学習方法。モデルがアレックスの前で正しい動作と間違った動作を行い、正しい動作を行った時にご褒美がもらえるのをアレックスに見せる。間違ったらご褒美は貰えない。これを見てアレックスが学習する。このモデルはアレックスのライバルでもある。
2019年12月19日, アイリーン・ペパーバーグ博士著
翻訳:WING YOU事務局
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References
Boysen, S. T. and Berntson, G. G. (1989). Numerical competence in a chimpanzee (Pan troglodytes). Journal of Comparative Psychology, 103, 23–31.
Carey, S. (2009). The Origin of Concepts. New York: Oxford University Press.
Greeno, J. G., Riley, M. S. & Gelman, R. (1984). Conceptual competence and children’s counting. Cognitive Psychology, 16, 94–143.
Halberda, J., & Feigenson, L. (2008). Developmental change in the acuity of the ‘‘number sense’’: The approximate number system in 3-, 4-, 5-, and 6-year-olds and adults. Developmental Psychology, 44, 1457–1465.
Matsuzawa, T. (1985). Use of numbers by a chimpanzee. Nature, 315, 57–59.
Pepperberg, I. M. (1987). Evidence for conceptual quantitative abilities in the African Grey parrot: labeling of cardinal sets. Ethology, 75, 37–61.
Pepperberg, I. M. (1994). Evidence for numerical competence in an African Grey parrot (Psittacus erithacus). Journal of Comparative Psychology, 108, 36–44.
Pepperberg, I. M. & Carey, S. (2012). Grey parrot number acquisition: the inference of cardinal value from ordinal position on the numeral list. Cognition, 125, 219–232.
Siegel, L. S. (1982). The development of quantity concepts: perceptual and linguistic factors. In Children’s Logical and Mathematical Cognition, ed. C. J. Brainerd. Berlin, Heidelberg, New York: Springer-Verlag, pp. 123–155.
Trick, L. & Pylyshyn, Z. (1989). Subitizing and the FNST spatial index model. University of Ontario, Ontario, Canada, COGMEM #44.
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